大正時代から三味線店を営む「石村屋」(港区新橋3、TEL03-3431-5640)が5月7日、仮営業所より新店舗に移転した。同店は3月初めより築 60年を超える旧店舗を取り壊し、新店舗となるビルの建設を進めていた。今回の移転は新築となった「古巣」へ戻った形となる。
同店の旧店舗は路面に面した趣ある和風建築で、三味線のバチをかたどった大きな看板が掲げられていた。新しいビルは地上3階建て。店舗は2階へ移り、トレードマークのバチ型看板も「引退」した。1階部分は貸店舗として別のテナントが入居する予定。
店舗兼住宅だった同店で生まれ育ったという二代目の伊東良継さん(65)は「両親が亡くなって10年。思い出もいろいろあるが、今は家族も減ってスペースが無駄になっていた。まだ新しい空間には慣れないが、これで良かったと思う」と話す。
石村屋は大正時代、伊東さんの父によって初代店舗が建てられた。伊東家は明治時代、当時神田にあった伊勢丹デパートの専属縫い子として生計を立てていた が、「これからの時代、着物ではだめだ」と伊東さんの父が一念発起。三味線づくりの修行に出て、都内屈指の花柳界として名をはせていた新橋へ店を構えたと いう。
その後、この辺りは戦争で強制疎開となり、初代店舗は取り壊しになった。戦後間もなく二代目の店舗を建設。今年3月まで60年以上営業を続けてきた。両 隣はすでに商売をやめ、引っ越していったという。この60年間に新橋~虎ノ門間に15軒あった三味線店はなくなり、今は港区で唯一の店舗。
美空ひばりさんも同店の得意客だった。「公演のある帝国劇場にも届け物に行った」と伊東さんは懐かしそうに話す。新橋エリアの芸者組合である「烏森見 番」も40年以上前になくなり、今は現役の芸妓はいない。顧客もなじみがほとんどで、「もう路面店は必要なくなった」のも改築の理由の一つだ。
幼少時代から長唄や三味線を習い、父の仕事ぶりを見よう見まねで覚えていた伊東さんは、学生時代には同店でアルバイトをするようになる。しかし、ハワイアンバンドに夢中になり、大学時代にはプロとして各地のダンスホールやプールサイドを回っていた。
本格的プロデビューを目指し、市川昭介さんに弟子入りした矢先に交通事故に遭い、歌手を諦めることにしたという。「歌手がだめなら三味線があるという思 いが常に頭にあり、ハングリー精神が足りなかった。事故は三味線に戻れということかもしれない」と伊東さん。今後は次男の真弘さんが三代目を継ぐ予定だ。
営業時間は10時~19時。土曜・日曜・祝日定休。 -新橋経済新聞
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